はじめまして、あづみです。
現在、生きづらさを抱えている方のカウンセリングをしています。
私は子供のころから、なぜか孤立してしまうという生きづらさを抱えてきました。
自分なりに原因を考えて努力をしてきたつもりでしたが、改善することなく子育てや介護も終えて、燃え尽きてしまいました。
そして私は、自分がアダルトチルドレンだったのだと知りました。
アダルトチルドレンとは、親との関わりのなかで何らかのトラウマを抱えてしまった人のことを指します。
いわゆる毒親に育てられた人です。
やっかいなことに、一見問題のない家庭であってもアダルトチルドレンになってしまう人は多く存在します。
毎日がストレスフルで生きづらい、いつのまにか孤立してしまうなら、あなたはアダルトチルドレンかもしれません。
でも、アダルトチルドレンなんだと自覚できれば、自分を変えることができます。
アダルトチルドレンだった私の経験と、現在のカウンセリングを始めるまでのいきさつが、あなたの参考になればうれしいです。
私は迷惑な子どもだった
アダルトチルドレンはもともと、アルコール依存症の親に育てられた子どものことを指します。
しかし、アルコール依存症でなくても、親の世話をしたり、親の機嫌をとらなければならないような環境で育った子どもも同じような特徴を持つことから、現在は機能不全家族のもとで育った人を指します。
あきらかな虐待やネグレクトではなくても、アダルトチルドレンになってしまう要因はたくさんあります。
私の場合も、虐待やネグレクトではありません。
私の父と母は、戦中・戦後の厳しい時代に子ども時代を過ごし、学校では教師が教鞭を持ち体罰など普通だったと聞いています。
当時はどの家庭もそれぞれに困難を抱えていた時代でした。
父は早くに父親を亡くしたため母子家庭で育ち、母は病弱な父親の家庭で育っています。
父はいわゆる昭和の男で、子どもにはあまり関心がなく、泣いたり騒いだりということを嫌がりました。
特に私は泣き虫だったため、父が不機嫌になることが多く、私から近寄ることはありませんでした。
母は、世間様に恥ずかしくないように、まじめで良い成績をとることが子どもの務めのように言っていました。
門限も決められてはいなかったのですが、高校生になっても帰宅が午後7時を過ぎると厳しく叱られました。
共働きのため両親には余裕がなく、私たち子どもは親の手間を増やさないことが暗黙のルールでした。
私には姉と弟がいますが、二人とも成績がよく両親も安心していたようです。
しかし、私が姉弟と同じ成績をとるには、かなりの努力が必要だったため、母はつねに「実力が出ていない」「がんばりなさい」と言っていました。
そんなわけで、家では問題児の立場にいた私は、外に出ても自信がなく臆病な子どもになっていました。
小学校時代、担任教師が母に「自分を隠そう隠そうとしている」と言ったのを今でも覚えています。
孤独と闘うも成果が出ない毎日
学生時代は、つねに孤独でした。
それなりに友達はできるものの、親しくなるとわがままになってしまうため、遊ぶ相手としては面倒くさい子どもでした。
友人関係がうまくいかずに、母に相談したことがあります。
答えは一言。
「がまんが足りないのよ。片っ端からがまんしなさい」
その日から、私はさらに自分の気持ちを抑えるようになりました。
人の表情や言葉尻を敏感に察知して、正解の対応とは何かをずっと探す日々でした。
そのころの希望はただ一つ。
いつかは自然に感情をコントロールできるようになって、友達と仲良くなれる日が来るという期待でした。
今思うと、ちっちゃな自分をうすっぺらいプライドでカバーしていただけの生き方でした。
社会人として、私たち子どもがそれぞれ独立すると、母は私に対して年齢不相応の世話をやくようになりました。
「〇〇を買ってあげようか」
「△△に連れて行ってあげようか」
「風邪ひいているんじゃない?」
こんな言葉を聞くたびに、居心地の悪さを感じて嫌でした。
それと同時に、日々の愚痴や相談も増えてきました。
どうやら子どもが近くにいなくなったことで、母は自分の居場所を失ったと思ったようです。
今まで家族のお荷物的な扱いだった私は、これは私が成長したからだと思い込み、積極的に母の相談に乗っていました。
理想の母親になれない自分に傷つく
その後、結婚した私が直面したことは、子育ての困難さでした。
子どもが好きだったはずなのに、自分の子どもとなるとちゃんと育てなければという強迫観念でいっぱいになってしまいました。
自分の未熟さを自覚しながら、子どもにイライラする毎日。
そのころの子どもに対する私の願いは「私のような人間にはなってほしくない」でした。
にもかかわらず、子どもには「なってほしくない自分」ばかりを見せていることに、さらに落ち込むという無限ループにはまっていました。
私は無意識のうちに、母のような親にはなりたくないと思っていたようです。
「のびのびと育ってほしい」
しかし、どうみても私は実母のような母親です。
子どもの笑顔が少なくなっていく現実を受け止められず、毎晩、子どもの寝顔をみながら、どうしようもない罪悪感に消えたい思いでした。
子育て・介護を経て力尽きる
子どもが学校やスポーツを始めるようになって、私の悩みはさらに深まります。
そう、ママ友です!
普通の人であっても、ママ友との付き合いはむずかしいものですが、アダルトチルドレンである私にとっては、まさにサバイバルゲームのようなものでした。
- 何が正解なのか、何を求められているのか
- 何を褒め、どこまで相手に踏み込んでいいのか
- 世間話とはいったい何を話すのか
よかれと思った返答がとんでもない方向へいってしまったり、冗談で流せることを流せなかったりと、私には謎だらけの世界。
とにかく、トラブルにならないよう目立たないように過ごしていました。
そのせいで、馬鹿にされたり、都合よく使われたりという扱いも多く受けましたが、とにかくやり過ごすことだけを考えていました。
ママ友からも解放されたころ、義母が介護を必要とする身体になり、夫からは仕事をセーブして介護に重点を置くようにいわれ、同居して介護中心の生活になりました。
アダルトチルドレンだった私が、義母との関係をうまく構築できるわけがありません。
ひたすらいい嫁の仮面をかぶって自分の気持ちを無視して介護を始めました。
義母もまた厳しい人生を歩んできた人で気難しく、日ごとにすり減る自分を感じていました。
介護度があがるにつれて、いい嫁の仮面の下のどす黒い感情を抑えられなくなっている自分に恐れを感じ始めました。
義母が自分の身体が動かないことへの苛立ちが激しくなってきたある日、私の心が折れてしまいました。
このままでは、誰も幸せにならない。
ぐちゃぐちゃの頭のなかで唯一、確信できたことでした。
世間体などどうでもいい。
悪い嫁だといわれても、今できる一番の幸せを探すべき。
私ががまんしても、いやいや介護されている義母は幸せにはならない。
ケアマネージャーさんと主治医の先生にお願いして、介護施設の入居が決まりました。
自分の感情を大切にすることで少しずつ、自分の生きづらさの正体が見えてきたころ、義母がなくなりました。
しかし、これですべて解決したわけではなく、改めて仕事を探し始めましたが、うまくいきません。
とうとう、私は引きこもりになってしまいました。
親に人生を預けるという危うさを思い知る
実は、義父母とは介護になるずっと以前に同居していました。
当時は若かったし、お互いのすれ違いが多く(義母も私もアダルトチルドレンだったので)数年後に別居しています。
その際に相談していた人から「やっと大人になったね」と言われました。
今ならなぜ、そんなことを言われたのかよくわかります。
アダルトチルドレンの私は、そもそも人を信用できません。
そんな私が義父母と親しくなる努力をしていたことの裏には、義父母に人生を預けて楽しようという幼稚な考え方があったのです。
私は無意識に、自分の子ども時代の親との関係性を義父母にも重ねていました。
- これだけ私をけなす義父母の家から出てしまったら、どんな恐ろしいことが起こるのだろう?という不安
- 育児に悩んだ新婚時代の感覚が忘れられず、自分一人で家庭を運営できるのかという不安
- 悪い嫁だと責められるのではという不安
子ども時代に感じられなかった安心を義父母にも求めていました。
そして、被害者の立場にいることで、自分の自立を先送りにしているただの子どもだったのです。
アダルトチルドレンとは、言い得て妙。
大人なのに大人になれなかった現実に愕然としました。
今まで私は私の人生を歩んでこなかった子どもだったのです。
変えられるのは未来だけ
アダルトチルドレンだと思い知った私は、一度、メンタルが落ちるところまで落ちました。
心理学的には心の死。
私的に解釈すると、自分だと思っていた虚像のお葬式をしました。
幼いころから困難ばかりだったため、苦労したという自覚だけはあるアダルトチルドレンは、なぜか自分は悟っていると誤解しやすい傾向があります。
私もそうでした。
お気楽そうにみえる人より、人生悟っているのではと勘違いしていましたが、自分の人生の責任すらとっていませんでした。
でも、アダルトチルドレンだと気づいた日から、人生が変わってきました。
ありのままの自分、過去の自分と向き合う辛さはありますが、今は、それ以上の幸せがあります。
理由もなく生まれる生命はありません。
パソコンの中の小さな部品であっても一つ欠けると使えなくなるように、あなたがここにいる意味は必ずあります。
変えられるのは未来だけです。
過去の自分を癒して自分と向き合い、一緒にアダルトチルドレンだった自分を育てていきませんか?
最後までお読みいただきありがとうございました。